リクエストされた悲愴ソナタと悲惨ソナタ

なぜそんなことになったのか全く覚えていない。

maiさん、今度の何曜日体育館でピアノ弾いてと言われたことだけは覚えている。


小学校の時から慣れっこで音楽の授業の伴奏は全て私、合唱祭も校歌も私。

たまには私も歌いたいと思ったがそれは高校まで続いた。


当時の音楽の先生はピアノが弾けない人がたくさんいた。

私は毎時間毎時間伴奏だったので母はお給料貰ったら?なんて言うくらい。


だから内心嫌だなと思ったが弾くことになった。当時は先生から言われればハイと言うしかない時代。

当時から人前で弾くことが好きではない。

音楽の時間が嫌いだった。



その日はやって来た。

文化祭だったのだ。

13歳の私は文化祭というものを知らなかった。

文化だからピアノなのか?と軽く思った。


体育館に行くとさすがにこれはまずいと気付いた。この雰囲気で悲愴はないだろう。。。

小さな古いアップライトピアノが後のベニヤ板を見せて不格好に壇上に置いてある。


逃げ出したい、そう思いながら弾き始めた。

左手のトレモロ辺りで拍手が来た。

3年生の男の子達からもうやめろという悪意ある拍手だった。


演奏中にそんな拍手を貰ったのは初めてだった。

帰れ帰れ!と言わんばかりの拍手はどんどん大きくなっていく。

私はいきなり水を浴びせられたようなショックと悲しみと惨めさを抱えながら


アタシだって弾きたくて弾いている訳じゃない!そう思った。


誰も幸せでない時間が流れた。


小さなアップライトピアノは1000人近くいる体育館では無力だった。音は悪意の拍手にかき消される。それでも最後まで弾ききった。

情けなさに鍵盤が涙で滲んでいたのをはっきり覚えている。


これじゃ悲愴ソナタじゃなくて悲惨ソナタだよ…。

妙にしっくり来たネーミングにちょっとおかしくなる。



後に知り合いのサッカー部の先輩がmaiちゃんがすごくかわいそうだったと話してくれて母の知るところとなったようだが自分の口からは言えなかった。


担任が写真を一枚くれた。

涙ぐむ私がピアノを弾くアップの写真。


そこには戸惑い、心配そうな顔で私を見つめる親友も写っていた。


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